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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)3189号 判決 1979年1月30日

原告

大谷定男

右訴訟代理人

久保田進

被告

モリタ建設株式会社

右代表者

森田勇

右訴訟代理人

新原一世

外四名

被告

東大阪市

右代表者市長

伏見格之助

右訴訟代理人

市原邦夫

主文

一、被告東大阪市は原告に対し、金三二六万九七二〇円及びこれに対する昭和四六年一二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告東大阪市に対するその余の請求及び被告モリタ建設株式会社に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告東大阪市との間ではこれを三分し、その二を原告の、その余を同被告の負担とし、原告と被告モリタ建設株式会社との間では原告の負担とする。

四、この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し、金八六六万円及びこれに対する昭和四六年一二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙目録記載の居宅及び共同住宅の所有者である。

2  被告モリタ建設株式会社(以下被告モリタ建設という)は土木請負を業とする会社であるが、昭和四六年被告東大阪市の注文により市営住宅の下水管渠工事を請負い、原告居宅の西側道路において、同年五月から七月まで前期工事(右建物より北方にかけての工事)、同年九月より一一月後期工事(右建物より南方にかけての工事)の二期に分けて工事を施行した。

3  右工事は道路両端に沿つて長さ六メートルの鋼矢板を打設し幅三メートル、深さ3.8メートルの土砂を堀削して他へ運搬し、下水管布設後、再び土砂を運搬して埋め戻すものであり、この間、鋼矢板のうえに鉄板を張り大型トラツク、パワーシヨベルの運行に備えた。

ところで、原告所有居宅の間口は約一三メートルであるから堀削された土量は148.2立方メートルであり、総運搬土量はその倍にもなるところ、大型トラツクの通行による振動は激しく、又、鋼矢板の打設、引抜き、パワーシヨベルの通行による振動が激しかつた。更に、本件居宅付近土地は地下水が豊富で、工事期間中は常時数台のポンプで排水していたため、原告方付近の井戸が水涸れし、土砂流出もあつて地盤沈下し、原告方敷地西側では道路に沿つて地割れが発生し、北側では壁の直下に、南側では床下にかけ幅一〇ないし一五センチメートルの地割れが発生した。<以下、事実省略>

理由

一請求原因1、2の事実及び同3の工事方法中堀削幅を除き当事者間に争いがなく、<証拠>によれば堀削幅は三メートルであつたと認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

二原告は、本件工事の振動及び地下水汲みあげによる地盤沈下等のため、原告所有居宅及び共同住宅が損傷を受けた旨主張するので判断するに、

1  <証拠>を総合すると、本件工事完工後、本件居宅及び共同住宅には次のとおり補修を要する個所、損傷が存在したものと認められる。

(一)  居宅及び共同住宅の柱、梁が別紙図面(二)のとおり傾斜・変形。同図面(一)①―部分付近の基礎に亀裂があり、①―の柱が沈下している他、束が南西側に傾斜。

(二)  居宅表門の門柱下部(同図面(一)イ)にささくれだつた様なひび割れ。

(三)  同図面(一)のロの柱及び床、ハの柱、ニ・ホの階段両側の梁の各所にひび、裂け目。

(四)  浴室のタイル(同図面(一)のヘ)、便槽にひび割れ。

(五)  居宅東側の壁、共同住宅の階段(同図面(一)のワ)等、居宅、共同住宅の間のコンクリートにひび割れ。

(六)  共同住宅の階段(同図面(一)のヲ)が崩落。

(七)  炊事場配水管の破損。

(八)  扉(同図面(一)のり)、襖等にたてつけ不良個所。

(九)  床板等のずれ(同図面(一)のハ、ト、チ)。

(二)屋根瓦、銅板のずれ等により、雨漏りし、そのため玄関両側(同図面(一)のヌ)、八畳間とその東隣り4.5畳の壁等に汚れ、脹みが生じ、廊下の天井(同図面(一)のル)等にしみが残存。

2  そこで、右各要補修個所、損傷が本件工事により発生したものか否かにつき判断するに、<証拠>を総合すると、

(一)  本件工事中の振動は身体に感ずる程であり、又、本件居宅付近は地下水の豊富なところであり、井戸水を使用していたところ、本件工事中4.6時中水を汲みあげ排水しており、そのため、原告宅や付近の家の井戸が水涸れしたこと。

(二)  <証拠>によれば、堀削による地盤沈下の影響が根切り面から一〇メートル程度に及び、又、矢板の打込み、引抜き時の振動及び土砂運搬のための大型トラツクの運行により、振源である矢板等から約一〇メートルの距離の範囲において、建物に被害を生じさせると思料される毎秒1.5ミリメートルの振動速度をもつた振動が及ぶとされていること。

(三)  本件工事により、原告の居宅以外に、工事区域両側の側溝と家屋の間の犬走りに亀裂が生じた個所がある他、戸のたてつけが悪くなり、被告モリタ建設において、戸の調整、ガラス戸のレールの取替え、柱の入れ替えをなした建物もあること。

(四)  被告モリタ建設の従業員森嶋英文は、本件工事着工前、本件居宅につき、柱の傾斜、襖等建具のたてつけの状態を調査し、写真撮影をしたが、その際には(調査の精度は一応おく)居宅二階部分に戸のたてつけが不良な個所があつた他には、特に異常はなかつたこと。

(五)  本件居宅西側の工事は、二期に亘つて行なわれており、工事期間が他に比べて長く、又根切りの深さも他に比較して深かつたこと。

(六)  一方、本件居宅は、昭和八年ころ建築されたもので、以後数回手が加えられており、特に、昭和四三年一一月ころには、玄関と炊事場、浴室が増築され、西側階段が新しく設けられたこと、更にそのころ、東北端の4.5畳が他から引家され、本件居宅と連結されたこと。

以上の事実が認められ、右事実に、前記1の損傷の内容、特に門柱下部がささくれだつた様にひび割れしていること等を総合すると、本件居宅は、本件工事の振動及び地下水の汲み上げによる地盤沈下によりかなりの影響を受け、その結果前記各損傷が生じたものと一応は認められ<る>。

もつとも、前記1の(一)記載のとおり、別紙図面(一)の①―の基礎部分に亀裂があり、同所付近の東が傾いているけれども、右亀裂が本件工事により生じたものと認めるに足る的確な証拠はなく<証拠>によれば、右①―部分の付近には比較的新らしく設けられたとみられる束があり、柱・梁の沈下を防ぐように補強材として使われているところ、右事実に、前記(六)記載のとおり、右①―部分付近は昭和四三年一一月ころ、浴室が増築され、新たに階段が設けられた個所であることに鑑みると、右亀裂は本件工事前に存在していたものとの疑いが濃厚である。

又、前記(一)ないし(五)の事実によれば、本件共同住宅の損傷も本件工事により生じたものという疑いがあるが、この点については、専門的知識に基づく調査の結果である<証拠>により明確に否定されており、これを覆えすに足りる証拠はない。結局、共同住宅の損傷について本件工事との因果関係を認めるには証拠不十分である。

三被告らの責任について

原告所有居宅が、本件工事が施行された道路に接してほぼ敷地一杯まで建てられ、同建物が木造で建築後かなりの年数が経つていたこと、本件工事は深さ六メートルまでH型鋼を打ち込み、三メートル以上も堀削する内容であり、工事途中途えず地下水の沸き水を排出しなければならなかつたこと等を考えれば、本件工事を施行した被告モリタ建設において、工事の振動排水による地盤沈下により原告所有建物に損傷を加える結果となることを知つていたか、或いは業務上必要とされる注意を怠らなければ、これを知り得たものである。

又、弁論の全趣旨によれば本件工事の注文者である被告東大阪市も工事着工前に、右事情を知り、本件注文をなしたものと認められるうえ、<証拠>によれば、同被告は同市の職員である訴外近沢幸信、同野間時高をして本件工事現場の管理監督をなさしめており、右事情は十分に知りうべきものであつたから、同被告としては、この点につき請負人である被告モリタ建設の注意を喚起し、これを防止する方策を構じさせる義務があつたにもかかわらず、本件全証拠によるも、これをなしたとは認められない。

よつて、被告両名は、民法第七〇九条により本件工事によつて生じた損害を賠償する責任がある。

四損害

1 <証拠>によれば、原告は、前記二の1記載の居宅及び共同住宅の損傷の補修費用として、別表1ないし11の費用を支出し、今後残余の損傷を補修するため、引家工事をして基礎をやり直し、柱、梁の傾斜を直すための建物起し工事をなす他、屋根の修理、天井の張替え等の工事をなす必要があり、このためには別表12ないし25の費用を要するものと認められる。

2 しかしながら、共同住宅の損傷については、前記三のとおり本件工事との間に因果関係は認められないから、別表4、5、25の各費用につき、被告らに対しその賠償を求めることはできないし、別表11については、本件工事による直接損害とはいえず、認められない。

3  ところで、前記四の1掲記の証拠によれば、居宅の引家工事は基礎修復工事のために必要であるところ、右基礎修復工事は、別表①―部分の基礎の亀裂の修復の必要が主たる理由であるものと推量され、本件工事による地盤沈下による基礎のくるいを直すのは従たるものと解せられるから、右基礎修復、引家工事に要する費用のうち、本件工事と因果関係ある損害は、その三割相当分であると認めるのが相当である。

よつて、<証拠>により、基礎修復、引家工事に要する費用であると認められる、別表12、13、14、15―3、15―5の半額、16―1、17―1の半額、19、23の半額、24の半額以上合計金二五九万円の三割相当金七七万七〇〇〇円が被告らの賠償するべき損害金である。

又、引家工事期間中、原告らは、他に移転する必要が認められるところ、全論の全趣旨によれば引越費用、借家賃として金五〇万円を下らない費用を要すると認められるが、前述のとおり、その三割に相当する金一五万円が被告らの賠償するべき損害金というべきである。

4  次に、本件家屋の柱、梁傾斜、屋根瓦若しくは銅板のずれによる雨漏りは、本件工事により生じたものであることが明らかであるが、前記二の通り、本件居宅以外には付近家屋にかような被害が生じていないこと、本件居宅にかような被害が生じたのは、居宅自体建築後四〇年近く経過していたこと、特に、別紙図面一①―部分の基礎が亀裂していた等、本件居宅に従前から存在していた欠陥も大きく影響しているものと認められるのであり、かような欠陥により生じた損傷については、その補修費用の内八割相当分が被告らの賠償すべきものである。

前記各証拠によれば、別表1ないし3、6ないし10、15―1、―2、―4、16―2、17―1の半額、―2、―3、18―1、―2、20、21―4、―5、23の半額、24の半額が、本件居宅に従前から存在した欠陥も影響して発生した損傷の補修費用であると認められるから以上の合計金三一五万三四〇〇円の八割相当金二五二万二七二〇円が被告らの賠償すべき金額である。

5、原告は、柱、梁、床板のひび割れについて補修ができないため、これに代えて慰謝料を請求し、右慰謝料としては金一五〇万円が相当である旨主張するが、弁論の全趣旨によれば金一〇万円が相当と認められこれ以上を認めるに足る証拠はない。

6  以上によれば、被告らが原告に対し賠償すべき原告の損害は、前記3の金九二万七〇〇〇円、前記4の二五二万二七二〇円、前記5の金一〇万円に、別表15―5、21―1ないし3の合計金三二万円の合計金三八六万九七二〇円である。

五被告モリタ建設の抗弁について。

被告モリタ建設は、本件損害賠償請求権は時効により消滅した旨主張し、昭和五一年四月一九日の本件第五回口頭弁論期日において時効を援用した(右援用の事実は本件記録により明らかである)ので判断するに、<証拠>によれば、本件工事による被害につき昭和四六年一二月三〇日まで原告と同被告との間で種々交渉を行ない、一部損傷を手直しした他、前同日金六〇万円を支払うことで一応の話し合いが成立し、以後、原告は同被告に対して何らの請求をなしてこなかつた事実が認められ右日時より三年以上経過した昭和五〇年七月二日に本訴が提起されたものと認められる。

右事実によれば、原告の同被告に対する損害賠償請求権は、昭和四九年一二月三〇日をもつて、時効により消滅したものというべきである。

六被告東大阪市の抗弁について

昭和四六年一二月三〇日被告モリタ建設が本件工事による損害賠償金として金六〇万円を原告に対して支払つたことは当事者間に争いがないから、前記損害金三八六万九七二〇円は金六〇万円の限度において消滅したものというべく、同被告が原告に対して支払うべき金額は金三二六万九七二〇円である。<以下、省略>

(野田武明)

別紙物件目録、損害目録、図面<省略>

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